阪神淡路大震災

1月17日。

尊い6434人が犠牲となった、阪神淡路大震災から18年目の朝を迎えました。

 

3月11日の東日本大震災とともに、決して忘れてはならない日です。

 

神戸市では、すでに、人口の40%以上の住民が、あの大震災を知らないとのことです。18年の月日で、街には、震災の跡はほとんどありません。

 

前の勤務先の本社は神戸でしたので、震災については、当事者から、ここでは語れないような生々しい惨事も聞きました。避難所での生活も耳にしました。奇跡的に、従業員の犠牲者は、早朝登山に向かった男性1名のみでした。

 

当日私は、朝のテレビ報道で、関西は凄いことになっているという認識はあったものの、詳細情報がわからないまま、大宮そごうのバレンタイン特設会場のディスプレーの仕事に向かいました。

 

まだ、携帯電話も普及しておらず、本社とは連絡が取れず、関西エリアは、商売どころではない状況となっていました。

 

神戸の物流センターが崩壊して、ほとんどのバレンタインチョコレートが出荷できない情報が入り、泣く泣く、都内の百貨店で計画されていた特設催事の展開をお断りする商談となりました。10日後に、7割ほどの商品が無事であることがわかり、再度、百貨店に特設催事が復活できないか、足を運びました。

 

今でも忘れませんが、ほとんどの百貨店で、一度断った催事を復活させてもらいました。百貨店バイヤーや担当者はシビアなのですが、この時は、人としてのあたたかさを感じました。

 

また、「震災がおこったのに、バレンタインなんてやっている場合じゃないだろ!」という世間の声が上がったときです。実は、震災の被害で多くの神戸の洋菓子メーカーが被害にあったという報道を機に、できるだけ、神戸ブランドのチョコレートを買おうという、日本人の優しさも感じました。

 

関東に住む私ですが、阪神淡路大震災は、まさに当事者の一人として、今まで一度も忘れることができません。

 

今日もあらためて、尊い犠牲者へ、家族や仲間を亡くした多くの人々へ18年目の哀悼の念を。

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コメント: 1
  • #1

    ひでっち (月曜日, 21 1月 2013 21:20)

    少しだけといっても長くなってしまいますが、書かせてください。
    18年前、震度7の全壊住宅で奇跡的に生かされた私としては、普段不摂生をしていても1月17日だけは何があっても午前5時46分にはテレビの前へ行き、追悼のつどいの中継を映しながら、黙祷をするのがこの18年のならいとなっています。そして、日頃、人身事故とかで止まることはありますが、世界に誇る定時運航の交通機関に対して敬意を表し、通勤途上の一部を徒歩に変えて、交通機関があることのありがたみを体感します。そして、これも恒例となっている、神戸市役所そばのモニュメント会場に1月17日の夜、訪れ、多くの人がそれぞれに思いをかかえておられるその場を共有します。世の中、自ら命を絶ってしまう人もいますが、生きたくても生きられなかった方々が1995.1.17に兵庫県を中心にたくさんいらっしゃったことを1年に1度、胸に刻み直す日です。阪神淡路大震災はすごい災害だと思ってきましたが、東北のそれは増してすごい災害です。死者数、災害規模からいっても東北の方がすごいといえますが、ひとりでも理不尽に命が奪われること自体が悲しいことであり、阪神淡路も東北もそういう意味ではどちらがどうという比較をすることがナンセンスだと思います。1・17と3・11は自然の脅威に畏怖しながら、自分が生かされたことを考え直す日でもあります。
     年末年始にオーストリアのウィーンに行かせていただきました。多くの人が日本人はすばらしいと褒めてくれました。あんな災害にあっても文句ひとつ言わず、パニックも暴動も起こさずに整然と列をつくって順番を待てて、逆に救援隊にお礼を言う国は世界のどこを探しても日本ぐらいだ、と。一方で、おまえたちが放射能を世界中に撒き散らして、どうしてくれるんだという方もいらっしゃいました。久しぶりに海外に行って感じたのは日本の人々の細やかな心遣いやなにげなく行うサービスのレベルがきわめて高いことです。私の尊敬するサッカー元日本代表監督のオシムさんは東京オリンピックのときに初来日し、朝の散歩のときに農家の人が見知らぬ外国人の自分に梨をくれたことにいたく感動したそうです。オシム監督が莫大な金額の有力チームのオファーを蹴って、当時のジェフユナイテッド千葉のクラブ監督になってくれたのはそういう日本人の持つ特質になにかを見い出そうとされたのではないかと思えます。
    毎日、更新される園長先生のブログに自分もがんばろうと元気をもらえます。1・17の場をお借りしてお礼を伝えたく、そして、すみません、ホワイトきゃんぱすの利用者でもない私がのこのこといつも書き込みをしてしまうことを申し訳なく思いながら、これからもついコメントを書き込んでしまうことをお許しいただければと存じます。
     人生、振り返ってばかりではダメですが、誕生日をはじめ、すこし立ち止まって思いをいたすべき日が一年のうちには何日かあります。生きていることは奇跡。137億年の宇宙の歴史の中で人類が誕生し、同じ時間を共有する奇跡。そういう人と人の出会いの中で、自殺をさせないようがんばっているとおっしゃる埼玉県の教育長様にただただ頭が下がります。長文になってしまいました。最後までお目通しありがとうございました。
    ひでっち