発達障害についてどう伝える?

今日は、青空給食を行いました。昨夜の雨もあがり、青空ではなかったのですが、暑くなくさわやかな風が吹き、快適な時間となりました。

 

「カレーライスを屋上で食べる・・・」ただそれだけなのですが、朝から子どもたちは、ワクワクドキドキです。小さい園児は、テーブルでイスに座って食べるのですが、寺子屋園児はゴザの上で、ピクニック気分です。

 

この、いつもと違う非日常感が、子どもたちの気持ちを高ぶらせます。おかわりも進みます。夕方、ママがお迎えでやって来るや「今日は屋上でカレーライスを食べたんだよ・・すごく楽しかった」と真っ先に報告する子どもたちです。(笑)

 

さて、クラスに発達障害の児童がいる場合、クラスメートにその児童のことをどのように話すべきか・・・教員志望の学生が悩みます。クラスには、すらすらと計算を解ける子、運筆がうまくできない子など、本当に様々な子がいます。発達障害の有無だけでなく、視覚、聴覚、認知など、その子の抱えている問題を発見することもしばしばあることです。

 

私たち大人同士であれば、「『人は違う』ということを共通認識として持ち合わせよう」なんて言えばわかりますが、小学生の子どもには、それでは、具体的な解答にはなっていませんね。

 

あるベテラン教員は、こんな対応をしているそうです。

 

誰でも得意・不得意が様々あるということで、私の苦手を話します。「計算が遅くて、物忘れがひどい」でも、「社会科が得意で裁縫が好き」と言って、長所、短所は人によって異なることを話します。クラスみんなの得意・不得意について確認する時間も取ります。

 

そして、「かけ算が苦手な子には九九表を貸してあげる?」「計算が早いあなたも必要?」すると、「いや、見ないでもできるからいらない」などと会話が生まれ、人によって必要な支援は違うことを自然と子どもたちは学びます。

 

また、私が黒板に小さい字を書いて、一番後ろの子に「なんて書いている?」と尋ねます。もちろん読めません。「これ、読めない子が悪い?先生が悪い?」と聞きながら、環境の調整によって、人の得意・不得意は調整可能ということを示し、「障害は人にあるのでない、環境にあるのである」というノーマライゼーションの考え方も伝えます。

 

どうですか・・・かなり具体的で分かりやすいですね。よくある悪いパターンは「発達障害を持った友だちに対しては・・・」なんて言い方をすれば、ネガティブな感情が、子どもたちに芽生えてしまいますね。

 

発達障害だけでなく、できる子・できない子・・・様々な子どもたちを日頃からねぎらい、声をかけ、賞賛や承認をしていくこと・・・やはり、小さなことの積み重ねなのですね。

 

総論「人はみな違うんだよ」は、誰も異論なし。しかし各論である具体策を私たちは考えて行かないといけません。