生き物の死にざま⑦ ゾウ

「象の墓場」という伝説をご存知ですか。ゾウは死期を感じると、群れを自ら離れ「象の墓場」と呼ばれる場所に向かい、決して他のゾウたちに見られないように、静かに死を迎えるというものです。しかし、これは誤りだそうです。

 

ゾウは巨体にもかかわらず、サバンナでゾウの死体がほとんど目撃されなかったことや、象牙を密漁するハンターたちが、大量の象牙を売りさばくために、この伝説を巧みに利用したと言われています。

 

ゾウの死体が発見されないのは、サバンナの乾いた大地では、多くの生き物たちが腹を空かせています。ゾウの死体があれば、最初はハイエナたちが、その厚い皮を食い破り、肉を食い漁ります。すると、その穴にハゲタカが集まり、肉をむさぼり食うのです。こうして、ゾウの大きな体は、見る見るうちに骨だけとなるのです。やがて、骨も風化し、全てが土に還る。そのため、人間が象の死体を見ることが少なかったのです。

 

ゾウの研究が進むにつれて、ゾウは死を認識しているのではないかと考えられるようになりました。例えば、死んだ仲間のゾウの体を起こそうとしたり、食べ物を与えようとしたりするそうです。また、仲間を弔うかのように、土や木の葉を死体の上に掛けたりする行動が観察されています。

 

ゾウは群れで行動します。お互いに複雑なコミュニケーションを取りながら助け合って暮らします。ケガをしたり、トラブルにあったゾウには協力して手助けするし、慰め合ったり、ケンカしては仲直りしたりするそうです。

 

なんだか、人間と変わらないですね。ゾウは、「死」を理解しているし、「死」を悼むことができる動物なのかもしれませんね。

 

先日、保育園の寺子屋の時間に「死んだらどうなるの?」をテーマに、哲学の時間を行いました。

 

「志村けんは死んで天国に行ったんだよ?」「天国に行ったってどうしてわかるの?」「だって、いい人は天国に行って、悪い人は地獄に行くんだよ」「地獄に行く人は、どんなことをした人?」「人を殺した人だよ」・・・・「先生!天国に行ったら、また生まれ変わることができるんだよ」「じゃ○○君も生まれ変わって人間になったの?」「前のことは覚えていないので、それはわからないよ」・・・なんて会話が、子どもたちの中で続きました。

 

「死」を前にすれば、現代の医学の力をもってしても、人間さえ無力です。自分もいつか死ぬこと。大切な人が死んでしまうことだってあります。

 

「死」について、子どもたちと考えることは、重いテーマと思われるかもしれませんが、それは同時に、「生きる」ことを考えることでもあります。明日から、新しい年の保育園がスタートしますが、生きることは、楽しく遊んで、子どもたち同士の影響力を高めることです。そして、自分で考える力をたくさん持ってもらいたいですね。

 

「生き物の死にざま」で語りたい動物や昆虫は、まだまだたくさんいるのですが、年末年始、お付きあいいただきましてありがとうございました。令和3年・・・今日から世の中は、「日常」へと動き出します。まだまだ、困難な状況が続きますが、自分ができることを考えて、前を向いて進んでいきましょう。