生き方の多様性

木曜日の祝日は、久しぶりのような気がしますが、外はいい天気です。テレビをつければ、相変わらずコロナ報道が多いのですが、コロナ禍の影響で失職し、生活苦や絶望感で自殺する人が増えています。心が痛みますね。

 

日本でも、ここ数年、働き方や生き方の多様性が叫ばれるようになり・・・というよりも、私たち日本人の個々が、新たな働き方や生き方を実践しているというところかもしれません。

 

コロナ前のデータですが、1991年~2017年の「男性の失業率と自殺率」のデータによると、日本では、失業率が高まれば、それに正比例して自殺率も高まっています。この数字は、世界基準ではありません。

 

日本の失業率は、多くても5%までですが、スペインでは、10%を超えるのが当たり前です。それでも、自殺率は低く、失業率が高まっても、自殺者が増えることはありません。また、スイスのように、失業率が上がったら、自殺率が下がる国すらあります。ここは、福祉を利用できる国のシステムの違いも関係しているのかもしれませんね。

 

こうしたデータを見ると、日本の場合は、仕事一辺倒で会社を切られたらおしまい・そんな、言葉は悪いですが「社畜」の悲哀すら感じます。

 

昭和30年代からの高度経済成長期に「みんな一緒に、今よりもいい生活を!」という共通の「しあわせ」像を押し付けられ、国民もそれを当然として受け入れたのです。これには、「同じ価値観」を子どもたちに洗脳した学校教育の責任とも言われています。

 

それから、時代が変わり、「自分らしい生き方や働き方」の中に、「しあわせ」があると考える若者が増えてきたのです。もちろん、若者だけではなく、定年退職後にさらに輝いた人生を送るシルバーもたくさん見られるようになりました。

 

そして、今、このコロナ禍において、私たちは、もっと凄いスピードで、働き方・生き方の多様性の必要性を突き付けられたのです。

 

企業のプランニングは、今までなら「過去のデータ」を統計的・定量的・論理的に分析し、その連続性の中からヒットを導き出す手法がとられていました。しかし、「個の多様性」が進んでいくと、「おいしい商品・素敵な商品・おしゃれなモノの判断は、私が決める!」という時代になっていきます。これからの日本は、まさに、そんな時代になっていくのだと思っています。

 

2021年は、ほんの1、2年前の見慣れた景色がまったく変わっています。それも、視界不良なので、たちが悪いですね。この夏の東京オリンピックのことさえも、現段階でははっきりと決められない、とんでもない状況です。

 

生き方の多様性にとって、邪魔になるのは・・・「過去のこだわり」「過去の成功体験」かもしれませんね。これらを思いきって「メルカリ」に出品してしまいませんか。でも、買い手がつかないかもしれませんね。(笑)