医者、用水路を拓く

今日は、保育園の玄関に「スズメバチ」の巣をぶら下げました。登園する子どもたちは「何あれ!」と大騒ぎです。「あれは~スズメバチの巣だよ~」と教えると、「キャー・ワー・グワーッ!」と逃げまどう子どもたちです。(笑)

 

昨日、我が家の大きくなりすぎたゴールドクレストの木を剪定していると、何と、スズメバチの巣がぶら下がっているではありませんか。昨年の夏から秋にかけて、スズメバチがこの巣を中心に、飛び回っていたはずなのに、気がつきませんでした。

 

正式名は、コガタスズメバチですが、冬になると、女王バチ以外は、みな死んでしまいます。女王バチのみ巣を離れて、木の中などで越冬し、春以降産卵するのです。

 

というわけで、保育園のスズメバチの巣は、すでに空っぽで安全なのですが、見た目はグロテスクです。ぶら下げておくと縁起がいいと言われているので、しばらくは、保育園のシンボルマークとします。(笑)

 

さて、アフガニスタンやパキスタンで長年医療活動等に従事され、2019年にアフガニスタンで武装兵力の銃撃により亡くなられた中村哲医師の著書「医者、用水路を拓く」についての話をします。

 

中村医師は、アフガニスタンの国家勲章の他、日本でも生前・没後に様々な賞を受けていますが、彼は、一貫した正義感と行動、強者に屈しない反骨精神で生きてきました。

 

飢餓と渇水を前に、医療人はあまりに無力だとして、「百の診療所よりも1本の用水路」を合言葉に水対策の事業にまい進します。そして、日本人ワーカーの「良い体験をさせてもらった」といった感慨には共感できないとして「君らのロマンや満足のために仕事があるのではない」と痛烈に言い放つのです。

 

彼はこう言います。「正義・不正義とは明確な二分法で分けられるものではない。あえて『変わらぬ正義』と呼べるものがあるとすれば、それは弱いものを助け、命を尊重することである」として、「現地と一体となり、苦楽を共にする」と、徹底した現場主義を貫いたのです。

 

中村さんは日本人ですが、彼の目には、世界や日本がどのように映っていたのでしょうか。彼を失ったことは大きな痛手ですが、今の子どもたちの中から、広い視野で世界を見ることができる若者が育って欲しいですね。