「考える」教育

今日の寺子屋は、大きくなった玉ねぎの収穫をしました。店で売っている玉ねぎよりもはるかに大きいサイズです。年少寺子屋3番園児の半分が、自分の力だけでは引っこ抜けないほど立派に育っていました。明日は、1、2歳児が収穫に挑戦します。

 

さて、ある中学の校長先生は、ALT(外国語指導助手)と出会うと、必ず日本の子どもの印象を聞いているそうです。

 

多くの返答は、「頭が良いのに自信がない」「説明ができない。比較ができない」「すぐ答えを知りたがり、考えようとしない」などと不思議がるようです。「グローバル時代に、日本が一番遅れを取るかも」と、厳しい意見もあるそうです。

 

この原因は、開国以降または、高度成長期に「欧米に追い付け追い越せ」と、手っ取り早く知識だけを吸収するクセがつき、マネをすることが上手になったのか・・・「長い物には巻かれよ」の時代に、思考を放棄したためか・・・先人にソクラテスやカントという偉大な哲学者がいないからか・・・

 

近年、日本も本気で「考える」へ軸足を移そうと躍起になっています。アクティブラーニング型授業を取り入れ、センター試験を変えました。しかし、残念ながら教える側の多くが暗記など、知識の習得で勝負をしてきた人たちなので、「アクティブラーニングの授業がうまくいかない。どうすればいいのか?」となっているのも事実です。

 

米国暮らしが長かったある人が、こんなことを言っていました。「子どもは、小1から日本人学校ではなくて、現地校に入れた。授業参観に行くたびに、時間軸と空間軸(哲学)の話をしていた。自分が立つ座標軸を自覚させるためらしい。それと、毎回何人かに『私の○○』というテーマでスピーチをさせていた」とのことです。

 

つまり、他国の若者は、幼少期から哲学に触れ、持論をもってディベートを楽しみ、弁論に挑むのです。

 

今、日本は「考える」教育のスタート地点と言っても過言ではありません。「考える」のは子どもたちです。その考えさせる手法は、諸外国から学び、日本流にアレンジすればいいのです。私が勉強する「イエナプラン」は、オランダでの異年齢教育です。日本で最初に長野県にできたイエナプラン校の「大日向小学校」も、日本流にアレンジされたイエナプラン校です。

 

大丈夫です・・・これから、日本の若者は、物事の本質を見て、「考える」人間になっていくのです。