バク宙のホームラン打者「秋山幸二」

昨日今日と、大学入試共通テストが行われていますね。私の高校時代に「共通一次試験」が始まり、私の長女は「センター試験」の名称で受験しました。今日は、遠い南の国の海底火山爆発で、日本の太平洋沿いに津波警報が発令されて、受験時間を遅らせた会場もあったようですが、受験生にとっては、人生の大きな分岐点となる試験であることは間違いありません。しかし、長い人生を考えれば、ここでの結果がすべてではありません。思うような結果が残せなかった受験生は、早く気持ちを切りかえて欲しいですね。

 

さて、私の好きなテレビ番組に「レジェンドの目撃者」があります。レジェンドと言われるプロ野球選手のストーリーを関係者の証言で構成する番組です。昨日のレジェンドは、秋山幸二さんでした。私は、学生の頃に西武球場で「ホットコーヒーにハンバーガーいかがですか~」の売り子のアルバイトをしていましたが、秋山選手は、特に好きな選手でした。

 

選手としては、一流の成績を残しているにもかかわらず、大口はたたかず、どちらかというと地味なタイプでした。ところが、彼を全国区で有名にした出来事がありました。ホームランを打って、最後のホームインをバク宙で演出したのです。広島との日本シリーズが8戦までもつれた日本一を決めた試合で、プロ野球の歴史の中でも、見たことがない凄いパフォーマンスをやってのけたのです。

 

プロ野球の記者の間では、秋山選手のあだ名は「ジミー秋山」だったそうです。コメントも真面目すぎて、新聞記事にならないほど地味だったからです。ところが、バク宙を機に、秋山選手への注目が高まったのです。西武ライオンズの黄金期を支えた一人でした。

 

そんな秋山選手が、意に反して、当時毎年Bクラスのお荷物球団「福岡ダイエーホークス」にトレードに出されたのです。世界の王を監督に迎えても、成績は上がらずに、有名な「選手バスに生卵を投げられる」事件も起きました。

 

秋山選手の役割は、勝つことへの執着心がなかったバラバラなチームを選手の立場で1つにすることでした。そして、彼の影響力で、王監督のダイエーは日本一となり、パリーグの常勝軍団は、西武からダイエーに移っていくのです。

 

ずっと巨人だった王さんが、ダイエーの監督を引き受ける時に、「秋山選手がいることが前提で監督を引き受けた」と言ったのです。

 

松坂大輔から受けた、頭部へのデットボールも強く印象に残っています。重傷だったにもかかわらず、王監督に「ベンチにいてくれ」と言われて、2日後には、やや変形した顔で、ベンチでチームをまとめていたのです。

 

私は、保育園の子どもたちに「自分の考えをしっかり言えるようにしなさい」と、自己アピールができないと、世の中を渡り歩いていけないと指導します。でも、この秋山選手は、まさに「能ある鷹は爪を隠す」のタイプで、私には絶対にできません。それ故に、大好きな選手なのです。今も、現役時代と変わらないスリムな筋肉体型を維持しているのも、カッコいいのです。

 

そんな、秋山幸二のバク宙ホームインに酔っていました。