日本の「協調性」と仏の「知の伝達」

今日は、卒園する年長園児の何人かが、先生たちにお手紙を書いたり、「ありがとう!」の肩たたきをしてくれました。明日が本当に最後の日となります。子どもたちの行動に、涙する先生もありました。うれしいですね。

 

さて、フランスから帰国したある父親の話です。娘が小学生なのですが、こう言います。「フランスの小学生に協調性ですか・・・・う~ん、ないですね」

 

日本では、保育園や幼稚園から小学生になると、言葉や勉強以外に求められることはたくさんありますが、その一つが「協調性」です。普段の授業だけでなく、道徳の時間もあります。運動会などの様々な行事を通じて、友だち同士の協調性が重視されることは、私たち日本人は、当たり前のように受け入れています。

 

ところが、フランスの小学校には、運動会どころか入学式や卒業式もないそうです。小学校の先生は、あくまで「授業」を担当する教師であるため、休み時間や給食の時間には、教室からいなくなります。放課後の部活動の指導なども一切しません。

 

フランスでは、クラスは単なる集合体でしかなく、子どもを教育する場というよりも「知の伝達の場」だそうです。日本では、食育や掃除の仕方、他者との関わり方などを学校で学びますが、フランスでは、広い意味での教育は、家庭や課外活動の中で身につけるべきだという考えが深いようです。

 

日本人が、コロナ禍できちんとマスクをするのは、悪くとらえれば、協調性が行き過ぎて、相互監視のようになり、同調圧力が強まることで、周りの目が気になる社会になっているのかもしれませんね。

 

個人的な考えを主張することも、人と違うことが当たり前の文化も、悪くはないですが、小学校の教育方針は、やっぱり、日本がいいなぁ~と思いますね。コミュニケーション能力が高くないと、戦争も終わりません。