戦争は女の顔をしていない

今日の寺子屋では、ストライダーレースを行いました。これは、5月7日の保育参観で、屋上レクリエーション活動の中で行います。1周約100メートルの周回コースを作り、4人ずつでレースを行います。予想通り、子どもたちは燃えに燃えます。ママやパパの前で、カッコいいところを見せようと、明日からの屋上遊びでは、子どもたちの自主競争が始まりそうです。

 

さて、ロシアのウクライナ侵攻が長期化し、様々な悲惨な報道が伝わってきます。こんな話を聞きました。ウクライナの元警察官の女性が、ポーランドへ移動し、そこからアメリカのラスベガスに飛び、無事に避難をしていました。ところが、「私の身体中の血液は、今、グツグツと煮えたぎっている。私の愛する街ブチャの子どもや女性、老人を惨殺したロシア軍と戦うために母国に戻り、ウクライナ軍に志願した」というのです。そして、首都キーウから30キロ離れたブチャの街に戻ってきたのです。

 

どうして?と多くの人が思ったことでしょう。今日は、第2次世界大戦のドイツとソ連の戦いにおいて、女性兵として戦った女性たちの体験を聞き取りまとめた「戦争は女の顔をしていない」を紹介します。

 

この戦争で、ソ連側の犠牲者は約2700万人にも上ったとされていますが、この熾烈な戦いの中で、ソ連の女性たちは自ら志願して戦場に赴き、洗濯部隊や衛生兵、狙撃手、パイロットなどあらゆる立場で前線に身を投じたのです。

 

銃弾が飛び交う中、小さな体で負傷した仲間の兵士を戦車から担ぎだす衛生兵のエピソードなど、凄惨な場面が登場します。

 

第2次世界大戦から多くの時間が経過しているにもかかわらず、戦争が終わることなく、人々の心の傷を深くしていきます。人がこれほどまでに人生を変えられてしまう「戦争」とは何なのかについて、私たちは考え、子どもたちに伝えていかないといけません。

 

私は、すでに昭和のおやじ世代ですが、日本が最後に戦争に参加した第2次世界大戦を知らない「戦争を知らない子どもたち」の一人です。でも、子どもたちに・・孫たちに・・「戦争とは」をいつまでも問い続けないといけません。