徳川19代当主 徳川家広さん

阪神淡路大震災から、今日で28年目の朝5時46分です。私は、コーヒーを飲みながらテレビを見ていました。神戸では、夜景が見渡せるスポットして有名なビーナスブリッジで、トランペットが鎮魂の音色を響かせていました。毎年、1月17日のブログで、阪神淡路大震災の話をしていますが、神戸が本社の洋菓子メーカーに勤務していた私にとって、この日は忘れられない日でもあります。当日は、朝のニュースで詳細がわからないまま、大宮そごうのバレンタイン催事場の陳列の仕事を続けていました。

 

神戸にある物流倉庫のバレンタインチョコレートが全滅となり、百貨店には、特設催事ができない旨お詫びに走り、数日後に「チョコレートが無事だった」ことを受け、多くの百貨店担当者から「是非、催事をやってください。少しでも神戸のチョコレートを販売して日本を元気にしてください」と言われた時の感謝の気持ちが忘れられませんね。

 

さて、先日のブログで、「家康はうさぎ年生まれだった!?」に触れましたが、先回の大河ドラマで、竹千代誕生について、しっかりとうさぎ年疑惑に触れていましたね。(笑)

 

そして、正式に徳川宗家19代当主に徳川家広さんが就任しました。本人のコメントがあります。「昨年11月から12月にかけて、家康をまつる日光(栃木県)と久能山(静岡県)の両東照宮など、徳川家ゆかりの地を回った。祭神である家康に家督を継ぐことを報告した。日光社寺は江戸時代の歴代将軍にとって一世一代の大仕事だった。私も無事に今回の参拝を終え、肩の荷が下りた心境です」

 

江戸幕府は、キリスト教弾圧や鎖国のイメージがあって「保守的」と見られることが多いですが、徳川宗家は、実は「国際派」だと家広さんは言います。

 

家広さんの父で18代の恒孝さん(82歳)は、日本郵船で副社長などを務めるかたわら、神事や法要など当主の役割も全うしました。家広さんも米国の大学院を経て、国際食糧農業機関(FAO)に就職し、ローマやハノイに勤務。現在は、翻訳家や評論家として活躍しています。

 

「継宋の儀」は、今月29日に徳川家の菩提寺の一つ、増上寺(東京都港区)で行われるそうです。継承記念として和菓子「楓果(ふうのか)」が23日に発売されるそうです。どんな和菓子か食べてみたいですね。

 

家康は、信長・秀吉と比較されると、カリスマ性が弱く人気が低いのですが、家広さんは、「家康公には現代の日本人のボリュームゾーン(中間層)に近いセンスがあった。遠い昔の偉人としてだけでなく、現代にも共通する点があることを知ったうえで楽しんでください」と、大河ドラマ「どうする家康」を期待しているそうです。

 

私が中学校1年になった時の最初の自己紹介で、同じクラスの高沢君が「私が尊敬する人物は『徳川家康』です」と言ったことを今でも覚えています。「なんだか、地味だな~」とその時は思ったのですが、今年は、大河ドラマも含めて、家康の新たな発見を楽しみたいですね。