山暮らし30年の「仙人」

名古屋から車で2時間半。三重県の秘境、大杉谷の登山道近くに「大杉谷の仙人」と呼ばれる男が住んでいます。巽(たつみ)さん74歳です。

 

彼は、高校2年の夏休みに初めてこの大杉谷登山道を歩いたそうです。多様な生き物を育む原生林、巨大な岩壁、深い谷を見下ろすつり橋・・・何より天から流れ落ちるような落差135メートルの千尋(せんひろ)滝に目を奪われ、「こんな自然の中で暮らしたい」と感じたそうです。

 

高校卒業後は、名古屋市内の物販会社などで働くモーレツ社員だったようです。私よりもひとまわり以上年上ですので、時代的には、バリバリの昭和モーレツ社員だったのでしょうね。

 

巽さんは、40歳を過ぎたころ、「人生80年。残り半分は自分の好きなことをしよう」と思い立ち、水力発電所の寮だった建物を購入し、1992年、旅人をもてなす大杉谷山荘の経営を始めたそうです。「金の豊かさより、心の豊かさを優先した。山で暮らしたいという気持ちがそれだけ強かったということや」と話します。

 

常連客も多かったそうですが、2004年9月の台風21号で山荘前の道路も土砂で埋まり、経営をあきらめざるを得なくなります。今は、年金が主な収入源で、観光ガイドをしながら暮らしています。

 

もちろん、本物の仙人のように「カスミ」を食べて生きているわけではありません。週に一度は軽トラで片道1時間かけて買い物に出かけます。山荘周辺は、農作物の自給自足は難しいようです。「仕事に追われ、家でもスマホが手放せず、脳が休まる暇もない都会の人たちに、ストレス解消に美しい自然を見ながらボーっとする時間が必要だと伝えたいね」と言います。

 

ちなみに仙人もガイドの仕事があるので、スマホを持っています。しかし、通信圏外で暮らしているので、通じる場所まで買い物に出た際に、まとめてメッセージをチェックしているそうです。

 

「ガイドは100歳まで続ける。俺は好きでここに住んどるんやから、山を下りようと思ったことは一度もないし、生活に不安を感じたこともない。死ぬまで大杉谷で暮らすつもりや」

 

便利な生活を手に入れることも不便な生活を楽しむことも、人それぞれのライフスタイルですね。SNSでは、多くの人が自分のライフスタイルをかなり盛ってアピールしています。それを見て、あせり、「私もこんな生活がしたい」と思ってしまうこともあるかもしれません。

 

でも、「他人にとらわれないで、自分の生き方や幸せを自分で見つけなきゃ!」と思う人が、増えてきたように感じますね。