ジャイアント馬場 秘められた愛

卒園児の保護者から、使わなくなった手帳を数冊いただきました。お昼の年長の勉強タイムで、6人の園児にその手帳をプレゼントします。黒いカバーのごく普通の手帳です。しかし、6歳女の子が「これ、けいさつてちょうだよ・・・」と言うと、子どもたちは、すぐに、ドラマで見る刑事になりきっていました。

 

「あなたの名前は?」と聞いては、手帳にメモを書いていきます。「殺された人は、何人いるのですか?」と、かなりリアルな妄想にまで発展していました。(笑)

 

さて、今日は、ジャイアント馬場さんの話です。プロレスファンでなくても、ジャイアント馬場・アントニオ猪木の名前は、よく知られています。そんな、ジャイアント馬場さんが亡くなってから、22年が経ちました。今年は、馬場さんの23回忌追善興行が、後楽園ホールで行われる予定だそうです。

 

馬場さんと妻・元子さんとの間で交わしたおよそ1千通のラブレターが、今になって公開されました。この内容が含まれた「誰も知らなかったジャイアント馬場」という本が出版されたそうです。

 

まだ、私は読んでいませんので、ラブレターの内容は後日のお楽しみですが、このほとんどは、元子夫人から正平さん(馬場さんの名前)へのラブレターです。実は、この元子夫人は「女帝」と言われ、プロレスファンからはあまりいい印象がありません。

 

馬場さんの死後、一番弟子のジャンボ鶴田さんや三沢光晴さんが若くして亡くなったのも「元子の呪い」なんて言われたこともありました。

 

ジャイアント馬場さんが、全日本プロレスを旗揚げ後、元子さんは選手のグッズ販売会社を設立し、馬場さんを支えます。しかし、馬場さんの死後、運営方針をめぐって、全日本プロレスの新社長三沢光晴さんと対立します。結局、三沢さんについていく形で、多くの全日本プロレスのレスラーが、新団体「ノア」のもとへ集まりました。

 

全日本プロレス一筋で、今年67歳を迎えたベテランレスラー渕正信さんは、元子さんに対して「男社会の中、馬場さんの評価を落とすわけいかないと、自分が正面に立って、プロレスで言う『悪役』の部分をやってたのかもしれないね」と言います。

 

元子さんも、2018年にこの世を去ります。馬場夫妻には、子どもがいなかったので、元子さんの姪で、生前の夫妻の世話をし、現在は遺品などの管理をしている緒方理咲子さんが、膨大な量の手紙の公開を決めたそうです。

 

東洋の巨人・・・ジャイアント馬場さんの知られざる愛の物語・・・楽しみに読むことにします。

 

今日も、プロレスファンではないあなた・・・お付き合いいただきありがとうございました。