孤独であるためのレッスン

2日連続でプールを行いましたが、今日の天気は曇りで時々パラパラと雨も降ります。無理せず屋上遊びです。プールをしなくても、子どもたちの遊びは止まりません。インゲン豆の収穫もタライ2杯分です。ミニトマトをつまみ食いして、収穫したキュウリも子どもたちは、塩を振ってパクパク食べています。

 

さて、これからの将来は、あらゆる場面でAIが活用されるがゆえに、人間は、地域や社会において「つながり」「絆」「人間関係能力」を一層求める傾向が強いですね。保育園でも、卒園児の小学生には、「友だちがたくさんいることよりも、本当に大切な仲間を一人でも作りなさい」なんて言いながら、人と人との深いつながりを重視します。

 

そんな中、「孤独であるためのレッスン」という、何だか変なタイトル?の本を紹介します。著者の諸富さんは、心理学者・大学教授・カウンセラーなど、多くの顔を持っています。

 

「これ以上教室の中にいると、多分、友だちのこと、刺しちゃうと思う」「先生、どうして、ひとりじゃだめなんですか」という生徒の悲痛な叫びを取り上げます。

 

先日、NHKで「ひきこもり先生」というドラマが放映されていました。何十年も引きこもりだった男性が、特別講師として、中学生の生徒たちとかかわり、影響を与えていくというストーリーです。ドラマの中で、生徒から「この学校、気持ち悪い」というセリフが出てきます。

 

学校には必ず登校して、みんな一緒に同じことを繰り返す・・・ような一日が、「気持ち悪い」と感じる子どもたちもいるのです。

 

日本では、まだまだ、不登校や引きこもり、シングルマザー、生涯独身者などへの冷ややかなまなざし、マイノリティーへの差別などが根強いですね。だからこそ、自分の人生を自分らしく生きるための「新たな時代の能力」として「孤独」であることの価値を見直そうと、著者はこの本の中で主張します。

 

著者が言う孤独は「ひとりが好きというナルシストの在り方」ではなく、真の孤独とは「人はみな、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく」という絶対的な真実をしっかりと踏まえ、自分の人生の道を歩んでいくこと・・・といいます。孤独と孤立は非なるもので、人生を「自分で決定」できる自分になるために、世間の目やしがらみ、「こうあるべきだ」論から抜け出そうと訴えます。それには、もちろん多くの痛みが伴いますね。

 

「ひとりじゃいられない症候群」から脱却し、自己のすべてを受容し、自分らしく、人生を肯定的に生きるために・・・この本は自分の人生を見直すきっかけになるのです。