百貨店 生き残りへの道

今日は、年長園児5人が入学する、さいたま市立指扇小学校の「就学前健診」がありました。5人の卒園児が、同じ小学校に入学するのは、保育園ホワイトきゃんばすの歴史でも初めてのことです。5歳女の子は、「小学校に行くのは、なんだかドキドキしちゃう。大丈夫かなぁ~?」と言っていました。大人でも新しい環境に飛び込むのは、勇気と覚悟が必要ですが、子どもたちは、心臓バクバクだったに違いありません。

 

さて、先日大手百貨店としては、61年ぶりのストライキに発展した「そごう・西武」の西武池袋店の様子は、多くのマスコミにも取り上げられたので、記憶に新しいところですね。「お客様相手の商売なのに、ストライキとは何事だ!」なんて、決して言わないでくださいね。これは、百貨店で働く人たちの生活やプライドをかけた戦いだったのです。この日は、高島屋・三越伊勢丹・大丸松坂屋他、多くの百貨店の労働組合のトップが集いました。百貨店業界にとっては、「そごう・西武」だけの問題ではなかったのです。

 

私がおやじ園長になる前は、まさに百貨店に大きくかかわった仕事をしていました。百貨店に勤めていたのではなく、取引先メーカーの営業担当という立場での仕事です。ちょうど、西武百貨店の本部担当の時に、「そごうを吸収する」となり、「そごう・西武」が誕生しました。個人的には、西武百貨店にそんな余裕はないはずだけど?と思ったものです。この時すでに、セブン&アイ・ホールディングスの傘下になる密約があったようです。

 

その後、私がセブン&アイホールディングスの本部担当をしていた時に、「そごう・西武」が傘下となりました。セブン&アイは、コンビニ事業でしこたま儲けていたので、まったく問題なかったのです。量販店のイトーヨーカ堂とは別の「百貨店事業」を進めることで、グループのイメージも売上も上げようという考えでした。しかし、コンビニ・スーパー・百貨店との融合は失敗に終わり、トカゲのしっぽ切りのごとく、「そごう・西武」が、米投資ファンドに売却されたのです。

 

現在の百貨店の売上は、過去最高というところもあります。コロナ前を大きく上回っているところが多いようです。特に、高級ブランド品・宝飾品・時計が強いそうです。しかし、これらは、テナント売上なので収益は少なく、フランチャイズ中心のコンビニ事業などとは比較にならないくらい、百貨店の利益率が低いというからくりです。

 

私は、デパ地下で買い物をするのが大好きで、この上ない幸福感を覚えます。日本橋三越の天女像(てんにょぞう)や、日本橋高島屋の手動式エレベーターに興奮し、やっぱり、時々は百貨店で買い物をしたくなります。さらに経営が厳しい地方百貨店に対しては、心から応援しています。埼玉県なら、丸広百貨店(川越他)・八木橋百貨店(熊谷)・矢尾百貨店(秩父)のことは、ずっとファンです。もっと言えば、群馬県のスズラン百貨店・栃木県の福田屋百貨店も愛着がいっぱいです。

 

東京オリンピック誘致の際に、「おもてなし」という言葉が使われましたが、まさに、百貨店の接客は「おもてなし」の頂点です。私が、新入社員の時に、日本橋三越本店(三越の人は、必ず「本店」まで言います)に配属になりました。そこで学んだ、サービスの原点は、今でも忘れませんね。

 

時代とともに、世の中の「商売」のあり方は、どんどん変わってきました。お店に足を運ばなくても、ネットで何でも買える時代です。しかし、日本の百貨店は、絶対に生き残ります。お客様が求める、わくわく感という付加価値を探し続けて、これからも頑張ってほしいですね。