主体性を失わせない教育

今日は、久しぶりに屋上でドッジボールを楽しむ子どもたちです。年長・年中園児が中心ですが、果敢にボールを取りに行く園児もあれば、「逃げるが勝ち」の園児もいます。それぞれのやり方で楽しんでいます。そして、11月も半ばだというのに、スイカを食べました。季節外れのど根性スイカが、まだ3つ残っていたのですが、ずっと寒い日が続いていたので、食べる機会を失っていました。今日は、あったか陽気となったので、今シーズン最後のスイカを「甘くておいし~い」と言う子どもたち。あっという間になくなりました。

 

さて、今日は工藤勇一さんの話です。工藤さんは、2014年から校長を務めた千代田区立麹町中学校で、宿題や定期テストを廃止するなど教育改革を進めてきました。現在は、横浜創英中学・高校の校長を務めています。工藤さんが、ずっと大切にしてきたのは「子どもの自立」です。テストを廃止するだけではなく、子どもの「主体性」と「当事者意識」を育むことを実践してきたのです。

 

「親や周囲の大人たちが、子どもによかれと思って『ああしなさい。こうしなさい』と言えば言うほど当事者意識は失われていきます。例えば、子どもの公園デビュー。砂場にいる子にお母さんが声をかけるんです。『一緒に遊ばせてくれる?』と。すると、その遊んでいる子のお母さんが、『どうぞ』と言って、我が子に『スコップを貸してあげたら?』と言います。貸してもらったら、お母さんが『ありがとう』と言って、子どもに『ありがとう、は?』と促します。取り合いになったりすると『代わりばんこね』と介入します。保育園や幼稚園でも同じようなことが行われています」と工藤さんは言います。

 

続けて「大人が介入を続けていくと、思春期にはその介入がうっとうしくなる感情が出てきますが、主体性を失ってしまった子どもは、自分のために何かやってほしいと期待することからやっぱり逃げられない。そして、うまくいかないことが起こるたびに、人や環境のせいにするんですよ」と。

 

確かに、日本人は、対立をすごく嫌う国民です。何かあれば、必ず親や先生が来てくれるから、当事者意識が育ちません。主体性もないので、グループになりがちですね。

 

保育園ホワイトきゃんばすは、「自分で考えて自分で答えを出す」ことを大切にしているので、例えば、屋上に行くとき「くつ下をはいた方がいいですか?」と聞かれると、「どうするかは自分で決めていいよ」と言います。できるだけ、自分で判断させるようにしていますが、「ケンカは成長のきっかけ」と言っておきながら、子ども同士の争いをすぐにやめさせることが多いですね。

 

工藤さんは、友だち同士もきょうだい喧嘩も同じで、親は一言いうだけでいいんです。「明日から楽しく暮らすか、憎み合って暮らすか、どちらにするか自分たちで考えなさい」と。

 

保育園の子どもたちを見ていると、「主体性」と「当事者意識」は、「凄いなぁ~」と思う時もあるし「まだまだだなぁ~」と思う時もありますが、子どもたちが、「自分で考えて自分で答えが出せる」アプローチの手段は、子ども一人一人に作戦を考えていかないといけません。

 

これからの日本は、人口が減り、基本的にはモノが売れない経済構造となります。AIがどこまで進むのかは想像すらできません。その中で生きていくには、今まで以上に自分で起業できるような人材が求められてきます。そう考えると、保育園のうちから、自分で選択し、決定するという習慣をつけていかないといけないですね。

 

親も先生も、「ギリギリまで我慢して見守る」ことができるか・・・ですね。